2013年9月27日金曜日

感情教育



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2013年9月12日木曜日

シェイクスピアとピカソ



以前、シェイクスピアに出会ったことがある。私はピカソだった。

彼とは馬が合ったのか長いこと一緒にいた。
1564年生まれの彼と、1881年生まれの私が出会ったのは全く奇跡的なことだと思う。

シェイクスピアはよく私の文章をチェックしてくれた。書くことを生業としてきた彼だからそんなことはお手の物だった。
私の取っ散らかった文章をきれいに整頓していくシェイクスピア。

私たちは長い間上手くやってきたつもりだったけれど、やっぱり317年の時間は埋められなかった。
ある日を境に私たちは会うことを止めた。
あんなにも毎日一緒にいたのだから偶然町で出会ってもいいものだけれど、彼とはあれ以来顔を合わせたことがない。
また数百年後に出会うかもしれないし、明日ひょっこり出くわすかもしれないけれど、その時がいつ来るのか、それとも来ないのか私には分からない。

時間は突然パタッと止まって、また違うところで動き出しているのかもしれない。私の知らないところで。

時間と時間が交差することは気まぐれなものなのだ。
きっと。

2013年5月13日月曜日

確かに


*
「確かにこれは貫通している」
そう言って感心して見せたのは穴あけパンチで穴を開け始めて早や十六年のパンチ加藤だった。
彼は毎日毎日自分で作ったパンチで穴を開け続けているのだ。
「一体どんな穴開けパンチを使えばこんなに見事に穴が開けられるのか‥」
と言って彼は指を入れて確認した。
穴を開けられたものは全て、穴あけパンチで開けたものだと思い込んでいるのだ。


*
「いる、いないで言ったら、いるの方がいいような気がする」
「私はいる、いないで言ったら、いないの方がいい気がします」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって、いない方がせいせいするじゃないですか」
「なるほど、つまり君はせいせいしたいということだね」
「そうでもないわ。ただ、いるよりいない方がせいせいしやすいんじゃないかしら」
「なるほど。確かに『ホント、いるとせいせいするわ~』とは誰も言わないね」
「ええ。いてせいせいすることはできないけど、いなくてせいせいすることはできる。人間って不思議ね」
「まったくだ。それは『いてもいなくても一緒』という論理にとっての例外は常にありえる、ということでもあるね」
「そうね。ちなみに私は『いてもいなくても一緒』という論理がいなくなったらせいせいするわ」
「それは僕もせいせいするかもしれないな」
「それで、あなたは何でいる方がいいと思うんですか?」
「それはやっぱり、いる方がはかどるからだよ」
「確かにいないよりはいた方がはかどるかもしれない。だけど、いない方がはかどる場合もあるんじゃないかしら」
「いる時のはかどりといない時のはかどりはどう違うのか‥それが問題だ」
「少なくとも、いてはかどったとしても、いてせいせいすることはできないでしょう」
「なるほど、それはそうかもしれない。そこが君と違うところだね」


*
「本当だって!本当に嗅いだんだって!あいつは見たっていってるけどそれは絶対に嘘で、俺はたしかに嗅いだんだ!」




2013年5月8日水曜日

2013年4月24日水曜日

だーれだ


2013年4月21日日曜日

あのころ手に貼られた緑色。



緑だったアロエが赤くなってしまった。
寒さのせいらしい。

「ゴールデンウィーク辺りには緑色になると思うので心配しないで」

とのこと。

触ってみる。ぐにゃっりとしている。
これは水を少しばかりやってしまったせいらしい。
育てるのが簡単な植物だということだけど、心配性には案外難しいものなのかもしれない。
水分を摂らないでいられるなんて__話には聞いていたけれど。


祖母はアロエを刻んで食べていたらしい。
クレオパトラも健康と美容のためにアロエを使っていたというけれど、やっぱり刻んで食べたんだろうか。

火傷をしたときにアロエを貼られた記憶。
ひんやりとして、にゅるっとして、ぺちゃっとしている。
なんとなく臭かった気がするけどどんなにおいだったか忘れてしまった。
アロエが手に貼られている。緑色のアロエ。


アロエがいつ日本にやってきたかについては定説がないみたいだ。
鎌倉時代に伝えられたという説。室町時代以降に宣教師によって伝えられたという説。
聖書にもアロエは登場するらしい。
園芸植物として多くの種類が伝えられるようになったのは明治から昭和にかけての頃。
薬用植物として広く普及するのは戦後になってから。
そういば、祖母は明治生まれの人だった。


赤くなったアロエは、本当に緑色にもどるのだろうか。
あのころ手に貼られた緑色。

2013年4月9日火曜日